第一章-11、流々の過去(ADV 別途)

「いやああああああああ!!」

双子の姉の奈那が悲鳴。
私はイヤホンを装着し、タブレットを握る。

「ひ、ひ、ひいあああああ!!」

また奈那の悲鳴がリビングに響いた。
私は怒鳴る。

「うるさいなー!ゲーム聞こえないから静かにしてよ!」

「だ、だって……幽霊が!」

奈那の指はテレビへ。
いかにもな心霊写真に溜息を吐く。

「奈那さ。こんな作り物が怖いの?」

「はあ?あんたそんなこと言って霊に聞こえてたらどうするの?
ああ、幽霊様……愚かな妹をお許し下さい」

奈那は、昔から臆病なお人好し。
対照的に私は論理的。
幼い頃はそっくりの双子だったのに。時間がどんどん差を作った。

「バカみたい……幽霊なんているわけないじゃん」

大学入試が近づく。
私と奈那は行きたい大学が重なる。

しかし模試の結果は残酷だった。

「奈那、流々……模試の結果はどうだった?」

夕食時、お父さんに聞かれてしまう。

「私B判定だったよ!」

「そうか、奈那はあと一歩だな。油断しないように」

「はーい」

「流々、あなたも言いなさい」

シチューを運ぶお母さんにまで言われる。

「……」

「流々?怒らないから、言ってみなさい」

ゆっくり口を開く。

「……Eだった」

その言葉を発した途端、胸が苦しくなる。
家族の落胆が怖かった。

「そうか……まあそういうこともある。
落ち込まなくていい」

お父さんはそう言ってくれるが……

「あはは、私のBがたまたまだったのかなー」

辛かった。

「流々、志望校を落とす気はないの?」

お母さんの言葉に、攻撃的になってしまう。

「やだよ!この大学に行きたいの!」

「そうは言っても落ちてからじゃ遅いのよ」

「はあ!?
私はバカだから、レベルの低い大学行けってこと?
奈那と違って!」

「ちょ……流々、落ち着きなよ」

今ばかりは奈那の言葉が上からに聞こえた。

「うるさい!!
そもそも何で双子で学力も変わらないのに、あんたはBなのよ!」

「そ、それはたまたまだよ、きっと」

余裕ぶるな!

「さてはカンニングでもしたんじゃないの?」

「……は?」

「だってそうじゃない!そうじゃないとこんな結果おかしいよ!
双子なのに、こんな差があるなんて!あんたがずるしたから私は……」

パン!

私の頬に平手がふりおりた。

「流々!」

テーブルの上に倒れる。シチューが体に染み付いた。

「奈那の努力に何てことを言うんだ!!」

お父さんだった。

頬を押さえる手に涙がつたう。

「流々、奈那に謝りなさい」

お母さんにまで睨まれる。

「……うぅ」

認めたくなかった。自分の方が失敗作。突き放される方だということに。
惨めだった。家族全員が、自分を責める状況も。

「うぅ……うああああ!」

私はさらに反発してしまう。

シチューの皿を思いっきり振り回す。
食事が、辺りに飛び散った。

「うるさいうるさい!!」

「ちょ、あんた何してんのよ!」

シチューまみれになった奈那が、私の手の皿を取り上げる。
そのまま私を突きとばし、ドアに後頭部をぶつけた。

「あぅ!」

「流々、あんた!いい加減にしなさいよ!
私が勝った時だけ、不機嫌になるな!
そんなとこが……」

後頭部を押さえる。

「昔から、ずっと嫌いだった!!」

目をつぶる。ぼろぼろと涙がこぼれていく。

「流々!あんたなんか、死ね!」

浴びせられた言葉。私は自分と同じ顔の者を睨む。

「うるさい……
私だってあんたなんか嫌いだった……
この家族だって、嫌いだ!!
こんな家……出てってやる!!」

叫ぶ。
そして裸足のまま、家を飛び出した!

「流々!」

「流々、待ちなさい!」

後ろから聞こえてくる声に私は振り返らない。
私は全速力で走る。
涙はぼろぼろと後ろに流れていった。

「うっひぐうう」

「何であんたが泣いてるのよ、奈那」

「だっで……私、死ねなんて言っぢゃっだ」

「本心じゃないの、流々だってわかってるわよ。
……全く、可愛くないわねー流々も。
素直に奈那と同じ大学に行きたいって言えばいいのに
幼いころからお姉ちゃんとずっと一緒で、離れるのが寂しいだけのくせに」

「母さん……すまないが片付けをお願い出来るかな?」

「お父さん、どこいくの?」

「決まってる。流々を連れ戻してくる」

「あ、お父さん!私も行きたい!」

「奈那、父さんに任せなさい。
そのかわり、ちゃんと帰ってきたら仲直りだぞ」

「……うん」

「あと母さん、もうひとつ」

「はいはい」

「シチューを温めなおせるかな?
流々の好物だ。温かく迎えてあげよう」

「……わかったわ」

「はぁ……足痛い」

私は裸足のままとぼとぼ歩く。

「ここ、どこだろ」

適当に走ったせいで、いつもは来ない工場地帯に来てしまった。

道は暗く、私の心を投影しているようだった。

「どうしよ……もう家に帰れないのかな」

私の悪い癖だ。
嫌なことがあると何も考えず、逃げ出すところ。

行くあてなんてなく、こうなることはわかってるのに……

「お腹空いたなぁ……あ」

追い討つように、雨がふってきた。
すぐにどしゃぶりになる。

「帰りだいよぉ……」

ぷるぷると涙が雨に混ざる。

涙と雨を払いながら、曲がり角を曲がる。

キキキィーーー!!

雨の中、車のヘッドライトの光を浴びる。

眩しいと思うまもなく……

ドンッ!!

私の意識は途切れた。

「1123……1123……」

目を開く。自分の部屋の天井が見える。

「あれ?私、どうしたんだっけ?」

今呟いた数字1123って何?
記憶が変だ。上手く思い出せない。

「そ、そうだ……
私、模試の結果で家族と喧嘩して……」

そのあとどうなったんだっけ?

自分の部屋のドアを少し開く。廊下を覗く。

お父さんが歩いている。

「あ、お父さん……」

「母さん……おはよう」

通り過ぎる。ついでにドアを閉められた。

「……え?」

何、今の?
もしかして……

「まだ怒ってるの?」

ふるふると体が震える。

だからって、無視しなくていいじゃん!
私……今……謝ろうとしたのに!

「もう、いい!」

私はベッドに飛び込む。

「もういい!そっちがその気なら、こっちだって無視してやる!
ひきこもってやるからな!」

私はタブレットを握り、指でディスプレイをはじく。
泣きながら。

「……」

どれくらい経ったろうか?

1日じゃすまないはず。
何日か、何週間か、何ヶ月も経ったのかもしれない。

何かおかしい……
何が変かは上手く言えないが、何か忘れてる気がする。

ガラッ

ついに部屋の扉が開く。
誰か入ってきた。

「この部屋の物は持っていかなくていいんですよね?」

「……はい」

引越し業者と、お母さん。

「きっと、思い出すと思うので。
引越し時には持っていかないと決めました」

そのまま出て行く2人。

……?
引越しって何?

「私、何も聞いてない……」

部屋から恐る恐る出る。

「……え?」

広くなった家。物がほとんどなくなっている。
いや、引越し業者さんが運び出してしまったんだ!

「いやああああ!引越しなんてしたくない!」

家の外から、奈那の声。
私は外へ走る。

家の外には家族と、引越しのトラックがいた。

「うぐ……!」

何故かトラックを見て、頭がしめつけられるように痛くなる。

なに?……なんで?

「奈那、大人しくしなさい!
このままじゃあお前までダメになる!
お医者さんからも言われたろ!
一度、思い出から離れる必要があると!」

「ああ、ああああああ!!
私があの子に死ねって言ったから!
死ねって言ったから!死ねって言ったから!
死ねって言ったから!死ねって言ったからああああああ!!」

「母さん!奈那を車に乗せてくれ!」

「……ええ」

なにこれ……?

涙が熱い……

何で……どういうことなの……

「お、お父さん!」

叫ぶ。

「お母さん!お母さん!……な、奈那!!
ごめんなさい!
私が子供だったの!
私、本当は、あんなこと思ってない!」

叫び散らす!
そして家族へ歩み、手を伸ばす!

「だ、だから!
お願いだから、私を無視しないで!
もう!もう許し……」

私の手は……

「……て…………」

家族をすり抜けた。

「……え?」

震える両手を眺める。

「なにこれ」

まさか……

「ご家族のみなさん、じゃあ出発しますんでー」

「ああ、行こう。
……この家は奈那と流々が生まれた時に買った物だったな」

家を眺めるお父さん。
目の前に私がいるのに……

「流々よ……
天国で、私達家族を見守ってくれ」

「………………」

そう残し、家族は去った。
……私は、遠くなるトラックと家族を呆然と見続けた。

「………………」

………………。

とぼとぼ、家へ戻る。

玄関に残された鏡の前で、立ち止まる。

そこで、全てを察した。

「……あ、そっか」

何で今まで気付かなかったの?

‟何か忘れてる気がする”

「お腹空かなくなったし……トイレもいってないのに……」

“バカみたい……幽霊なんているわけないじゃん”

「私……死んじゃったんだ」

自分のいない鏡に、そう呟いた。